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廣田弘毅先生顕彰祭

廣田弘毅先生顕彰祭

福岡市の護国神社の向かいに廣田弘毅先生の像がある。昨日はその顕彰祭が玄洋社記念館の主催で行われたので出席してきた。


戦後70年。氏は今の日本をどのように見ておられるだろうか

式典の後、1時から護国神社の参集殿で玄洋社記念館館長の浅野先生の最後の講演があったのだが、先生の話を聞きながら、私の頭に浮かんだのは、メディアなどの小勇である。警察の冤罪事件が明らかになると不正を正すべしと勇ましいことを言うが、天下に人類の真実を明らかにし、祖国日本のアジア侵略という冤罪を晴らし、先人を言われ無き罪から解放する大勇の無きは、日本メディアの恥である。メディアはそれこそ政府と違い無用の縛りはなく、自由な立場から真実を明らかにして、戦後世界を縛り続ける連合国史観から人類を解放することが出来る者ではないか。

小と雖も、愚と雖も、何者にも縛られず、真実を求めることが出来るのが野に生きることの醍醐味である。この自由を味わった人間にとって役人などなりたくないものの第一位だ。何故なら役人になることは人間の心を捨てることに等しい。縛りが多くて真実を言えないのが役人世界だ。西郷先生もそうだったが、遠山先生も同じだったらしく。浅野先生の話によると広田弘毅氏が頭山先生と初対面の時に言われたことは、「俺は役人は好かん。」であった。広田氏は外務省の役人である。自由に人間として真実とのみ立ち向かうことの出来る野の人間が何を好き好んで連合軍、或いは程度の低い白人史観に縛られているのか。もっと大きな心を開拓し、自由な世界に生きることを心がけよ。

実はそれは自分への言葉でもある。道を口にし、文字にする者は、時には大胆不敵であれ、時には蚤の心臓であれ。蟻の足音にも驚く者であれ。志ある者は真理に立ちて動かぬ日本を建設する大勇を必要とする。

広田氏の名前、弘毅は当然論語にある「曾子曰く、士は以て弘毅ならざる可からず。任重くして道遠し。仁以て己が任と為す。亦重からずや。死して後已む。亦遠からずや」から来るものであろう。

氏は、「東京裁判」、「平和に対する罪」など、反駁すれば幾らでも論ずることが出来た茶番劇に対し、一言も語らず、慫慂として絞首刑台に登られた。氏は論語の言う「重き」「遠き」道を相手にされていたのである。

この氏を茶番の罪から解放するのは我々日本国民の責務である。70年経っても世界は我が国に戦犯国として生きることを要求している。そうでなければ自分達の生存を確信できないからだ。

政府が日本の生きる道としてそれを承諾したとしても太陽が西から昇ることはない。野にある者は真理無きところに屈することなく、世界に向かって真実を明らかにすべきである。我々はその志と自由を有する。



 
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