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甦る我が国の士魂、佐久間勉艇長の殉職 (「西村眞悟の時事通信」より)

西村先生の「甦る我が国の士魂、佐久間勉艇長の殉職」を読む。

(「西村眞悟の時事通信」より引用)

 

http://www.n-shingo.com/jiji/?page=1428

 

 

祖国日本が乱れること久しい。
それは心の乱れに原因する。

日本を生成するのは国民の心だ。

心卑しき者に日本が導かれれば我が国は忽ち滅びる。

政治家もメディアもこぞってその卑しき心で国民を愚に導かんとしている。
併し祖国は何とか崩壊を免れている。

何故か。
先人が残した遺芳が未だ国民の心に残っているからだ。

メディアや政治家が日本を支えているのではない。
日本を支えているのは先人達の無私の志である。

 

なお、記事中にある「大和心のつどひ」主催者の吉村伊平さんというのは大学時代に共に暮らした方である。

 

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甦る我が国の士魂、佐久間勉艇長の殉職

平成30年4月16日(月)

四月十五日、若狭町および若狭町教育委員会主催の
佐久間艇長遺徳顕彰式典に出席した。
式典の場所は、
福井県三方郡八村北前川の佐久間艇長顕彰碑前。

ここは、森の中の緩やかな斜面で、
今も、上の方に、艇長の父上が宮司をしていた神社があり、
その神社の下に、艇長の生まれた質素な家、そして、生家と神社へ登る道を隔てて、
艇長の父母そして艇長夫妻そして古い佐久間家の墓がある。

顕彰式典の場所は、
この佐久間家の墓の下の平坦地で、
大きく「沈着勇断」、下に小さく「佐久間勉艇長をしのんで」と刻んだ巨大な石碑があった。
これが、佐久間艇長顕彰碑である。
私は、毎年顕彰式典に出席している「大和心のつどひ」主催者の吉村伊平さんとともに
大阪を出発し、琵琶湖西を北上し三方五湖を経て西の若狭町北前川に到着し、
「殉難艇長 佐久間大尉生誕地 元帥伯爵東郷平八郎書」
と刻まれた石碑の前の斜面を登って式典会場に至った。

かねて吉村さんから、式典の模様を聞いており、
若狭町が、丁度百八年前の明治四十三年四月十五日に殉職した
郷里に生まれた武人の顕彰を忘れずに顕彰式典を挙行していることに感銘を受けた私は、
その旨を記して式典に挨拶状を送ったことはあったが、
式典に出席させて頂くのは、この度、初めてだった。

式典開始までに時間があったので、道路の近くに建てられている佐久間記念館に入り、
艇長の遺品、自ら書き写した中学の教科書や家族の写真を拝見した。
佐久間勉艇長は、
明治十二年九月十三日、この記念館の上にある家で生まれ、
現若狭町立三方小学校、小濱中学校を卒業し、
明治三十四年、海軍兵学校を卒業し、翌年、海軍少尉、さらに翌年海軍中尉に任ぜられ、
明治三十八年、日露戦争の日本海海戦に従軍し、翌年、海軍大尉に任ぜられる。
明治四十一年、妻次子と結婚する。
翌四十二年二月十一日、妻次子、長女輝子を出産し、同夕、死亡(享年十九歳)。
同四十二年六月、国産初の第六潜水艇の艇長を命ぜられる。
明治四十三年四月一日、三日間の休暇を得て、呉から敦賀に帰り生後一年の輝子に会う。
同四十三年四月十五日、十二時四十分、
山口県新湊沖において、
第六潜水艇による半潜航訓練中、沈没着底。殉職する。三十歳六ヶ月。

佐久間艇長は、
殉職する二週間前に敦賀に帰って、
一歳の長女を父に抱かせて座らせ、自分は横に立って写真を写している。
その写真を見れば、
母が自分を生んだ日に亡くなった一歳の娘輝子は
祖父の膝の上に座って、
これから十日後に殉職する父の服を握っている。

この写真の、母に続いてまもなく父を失う
一歳の輝子さんの無心の表情をしみじみと見た。
すると、
私の母秀子も輝子さんと同じ年の明治四十二年に生まれているのに気付いた。
また、私の母の父、即ち、私の祖父の東儀哲三郎も、
佐久間艇長と同じ明治十年代の生まれであることを思い出した。
すると、私の中で、佐久間艇長のことが、
急に、現在の同時代の身近なことと感じた。
佐久間艇長の「血」は、
この輝子さんから現在に伝えられ、
この度の式典には、輝子さんのお孫さんとひ孫さんが出席されていた。
また、この式典に、
佐久間艇長が卒業した小学校の、
百年後の多くの児童達が参列し、献花していたことに深く感動した。

さて、式典は、海上自衛隊舞鶴基地音楽隊の演奏で始まった。
これまでは、式典に、イギリス海軍日本駐在武官が出席していたが、
この度は、アメリカ海軍日本駐在武官マヌエル・ピコン海軍大佐夫妻が出席していた。
従って、我が舞鶴の海軍軍楽隊は、
まず、冒頭に、アメリカ海軍行進曲「Anchors Aweigh」(錨をあげて)を演奏し、
最後に、我が海軍行進曲「軍艦マーチ」の演奏で締めくくった。
そして、「海ゆかば」の演奏が流れるなかで、黙祷が行われ、
次に、国歌「君が代」斉唱の内に日章旗と軍艦旗が掲揚された。
式辞、来賓祝辞、在日米国大使館駐在武官のスピーチの後、
我が海軍弔銃隊による
三発の弔銃発射と参列者の顕彰碑への献花が行われ式は終了した。

明治四十三年午前九時三十分頃、佐久間艇長以下十四名が乗り込んだ第六潜水艇は、
母船に曳航されて山口県岩国市新湊(現在の表示)沖に至り、母船から切り離されて訓練を開始し、午前十時頃、艇長の号令によって、半潜航に入る。
しかし、通風筒から突如海水が艦内に流れ込み、排水不能の状態に陥り海底に着底した。
艇長以下全員、沈着冷静に手段を尽くしたが艇は浮上せずガソリンと悪臭のガスが充満する暗い艇内で乗組員の体力が尽きていった。
これの情況を確認して、佐久間艇長は、司令塔の小さな窓から差し込んでくる微かな明かりの中で遺書を鉛筆で書き残した。
それは、「佐久間艇長遺言」と題して、
まず、天皇陛下に
潜水艇を沈め、十三人の部下を死なせたことをわび、
海軍に対して、事故原因を指摘して克明に報告し、
この事後が潜水艇開発に悪影響を及ぼすことなきを願い、
十三名の部下の遺族に対して格別のご配慮を願うと記した後、
自らの事切れる時刻を指摘して終わっている。
その冒頭と、末尾を記す。

佐久間艇長遺言
小官ノ不注意ニヨリ
陛下ノ艇ヲ沈メ部下ヲ殺ス、
誠ニ申訳無シ、サレド艇員一同死ニ至ルマデ
皆ヨクソノ職ヲ守リ沈着ニ事ヲ処セリ、
我レ等ハ国家ノ為メ職ニ
斃レシト雖モ唯々
遺憾トスル所ハ天
下ノ士ハ之ヲ誤リ以
テ将来潜水艇
ノ発展ニ打撃
ヲ与フルニ至ラザル
ヤヲ憂フルニアリ、

・・・
本艇員ハ皆ヨク職ヲ尽クセリ、

・・・
公遺言
謹ンデ
陛下ニ白ス我
部下ノ遺
族ヲシテ窮
スルモノ無カ
ラシメ給ハラ
ン事ヲ、我ガ
念頭ニ懸ルモ
ノ之レアルノミ、

・・・

瓦斯林(ガソリン)ヲ
ブローアウ
トセシシ積
リナレドモ、
カゾリンニ
ヨウタ
・・・
十二時四十分
ナリ

四月十七日、第六潜水艇が引き上げられ、艇長の遺書が発見される。
四月二十日、遺書が公表され、殉職十四名の海軍公葬が呉海軍墓地で行われる。
四月二十六日、郷里の前川神社で村葬が行われ、
       佐久間家墓地に、亡夫人の遺骨と共に埋葬される。

この佐久間艇長の遺書が公表されると、
国民に深い感動が広がり、
各国の海軍が佐久間艇長を賞賛し敬意を表した。
夏目漱石は、艇長の遺書を読んだことを日記に書き、
五年前の日露戦争において、出征する弟を
「君死に給うことなかれ・・・」と詠んだ、歌人の与謝野晶子は
次の通り、佐久間艇長を偲んで詠む、と歌った。
海底の 水の明かりに したためし 永き別れの ますらおの文

四月十五日の顕彰式を終えた時、
私は、殉職の五年前に、
佐久間艇長が海軍中尉として従軍したロシアのバルチック艦隊との
日本海海戦において我が連合艦隊を率いた東郷平八郎司令長官の
「連合艦隊解散の辞」の中の次の一節を思い浮かべた。

武人ノ一生ハ、連綿不断ノ戦争ニシテ、
時ノ平戦ニヨリ其ノ任務ニ軽重アル理ナシ、
事アレバ武力ヲ発揮シ、事無ケレバ之ヲ修養シ
終始一貫、ソノ本分ヲ尽サンノミ

そして、式典にいる陸海の自衛官達の姿を見て、
現在の自衛隊諸君も、
佐久間艇長と「連合艦隊解散の辞」の通り、
日々、「終始一貫、ソノ本分ヲ尽サンノミ」と、その訓練に励んでいるのを感じた。

式典会場を後にして坂を下りている時、
今まで、
士魂の世界、
にいたような思いがして、
これから帰る娑婆の世界の我が国の現在の国会の惨状を、ふと、思いだし、
同行の吉村伊平さんに言った。
「佐久間艇長らの軍人の世界は、
今の森友や加計で騒いでいる国会の卑しい連中の世界とは、
全く、次元の違う尊い世界ですねえ」と。

 

 

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