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もう少し物の本質を見極めて欲しい
最近の経済人の小泉非難発言に思う

私は小泉首相が人物だとは思わないし、彼の政治スタンスを批判はしても、かばうつもりもない。それは彼が政治で私を行っていると考えているからだ。少なくとも日本の生命を重んじ、先人を畏敬する心を感じたことがない。
だが、経済人の小泉非難を見ていると、その非難の根底にあるものはこれもまた私心以外のなにものでもなく、「君たちは国を売るつもりか」と非難もしたくなる。もっと人間社会や国家というものを、或いはそれらの根元のものを、世界というものの本質と共に自覚してもらいたい思う。

ユニクロの柳井会長が一月だったか、「政治が経済の足を引っ張ってる」と小泉首相を非難したが、http://www.zakzak.co.jp/top/2006_01/t2006011044.html
今度は日本経済新聞(2月28日朝刊)が政治の信頼性が低いことを批判する記事を載せた。
中身を読め日本経済新聞の批判は分からぬでもない。当然と言えばそれはあまりに当然なのだ。
日本経済新聞のアンケートの結果は、政治家を信頼出来ないとする合計が八三・八%、「外交力が低い」と答えた者が九四・二%なのである。 

「外交力が低い」 全体の94%が指摘


 数学者である藤原正彦(62)が書いた「国家の品格」。米国流市場原理を批判し、日本人の民族感情を鼓舞する同書の内容には議論が分かれるが、現在約八十一万部、四月ごろにはミリオンセラー(百万部)になる勢いだ。主な読者層は三十―四十歳代の男性で、働き盛りの世代でもある。
 取材班は二月中旬、インターネットを通じて「政治家に関するアンケート」を実施した。世代を超え、最も支持を集めた戦後の首相は故吉田茂だった。古き良き時代への郷愁。それは現実の政治に対するいら立ちの表れでもある。
Q 政治家を信頼していますか?
「あまり信頼していない」56・1%
「全く信頼していない」
27・7%
 二つの回答の合計は実に八三・八%に達する。さらに全体の九四・二%が「外交力が低い」と答えた。不信任の多さに自民党参院幹事長の片山虎之助(70)は「大変ショックだ」と言葉を失った。
 政治の機能不全を時に補完してきた官僚も信頼をなくしている。アンケートでは「政治家と官僚のどちらを信用するか」という問いに官僚と答えた人は七・八%。政治家の一五・二%すら大きく下回る。強すぎた官僚の力が規制緩和によってそがれたのは良いが、「(それに代わる)権力の担い手がなく、今までよりも政治不信が深刻になっている」と東大教授の蒲島郁夫(59)は見る。
 二月八日、元自治相の野田毅(64)は中国で国務委員の唐家〓(68)と会談した。唐は首相の小泉純一郎(64)の靖国神社参拝を改めて批判、「首相にはもう期待していない」と告げた。「なぜ小泉は参拝を続けるのか」。大手邦銀役員は中国での支店開設交渉の際、銀行監督当局から問いつめられた。外交のぎくしゃくぶりを反映し、邦銀の支店認可がたなざらしにされるのも珍しくない。
 産業界には中国を含むアジア諸国との自由貿易協定(FTA)交渉が進まないことへの不満も渦巻く。住友商事会長で、日本経団連副会長の宮原賢次(70)は「外交はもう官僚だけには頼れない。だが外国のことを分かっている政治家は本当に少ない」と嘆く。
 「政冷経熱」は中国だけではない。新興経済国BRICsの一角、ロシアでは大統領のプーチン(53)自らがトヨタ自動車を誘致。サンクトペテルブルク市の工場起工式には笑みをたたえてトヨタ会長の奥田碩(73)と列席した。一方、昨年十一月の日ロ首脳会談では北方領土問題について進展がなかった。対外的な交渉力の低下は資源外交にも影を落とす。(続ニッポンの力(4)「経済復活」その先に

この、日本経済新聞の「続ニッポンの力」、前回の「ニッポンの力」、共に是非皆さんに読んで戴きたい記事である。「働くということ」もそうだが、日経はこういうところはなかなか見所がある記事を書く。

私はこの上の記事については全てを肯定しているのではない。ユニクロの柳井会長の発言などその典型だが、経済人の自分の会社や日本経済しか見ない発言に対してはそれを良しとしない。不愉快ですらある。その様な次元で世界を見てもらっては困る。また日本のあり方を論じてもらっても困る。そんな程度では日本経済は必ず破綻する。破綻しようと思わないでも破綻せざるを得ない。政治と経済に対する国民の支持をアンケートで比較したとしたらどのような数字が出るだろうか。興味のあるところだ。だが、いかなる数字が出ようと、その数字は表面的なもので、日本経団連の会長を務めるキャノンの御手洗社長にしても、その立っているところの根底は浅く、日本国にとって信頼出来ないのは経済界もまた同じである。経済界の方が世界を知っていることはいうまでもなく、その点他で政治は恥ずかしい状況にある。それでも、分かっているのは表面のこと、真実が分かっているのでも何でもない。所詮どちらが優れているというものではない。

 「なぜ小泉は参拝を続けるのか」。大手邦銀役員は中国での支店開設交渉の際、銀行監督当局から問いつめられた。外交のぎくしゃくぶりを反映し、邦銀の支店認可がたなざらしにされるのも珍しくない。
 
と言うが、なぜこの大手邦銀役員は中国の銀行監督当局のかかる発言を許したのか、なぜ政治がぎくしゃくするからと言って「邦銀の支店認可がたなざらしにされる」のかと中国政府の現状を厳しく批判しなかったのか。「君たちのその様な姿勢が日中関係を、ひいてはアジアの安定を損なわせ、真のアジアの興隆を阻んでいるのだ」となぜ反論しなかったのか。

書かれた方の大手邦銀役員も問題だが、もっとは話にならぬのはそれをもっともだと言わんが如き記事を書いている記者の見識である。

平和条約を結び国交を結んだ後も一方的な過去の歴史観を強制し、それに従わなければ経済など他の関係まで影響させる。こんなものは現代世界の政治ではない。百年前、二百年前の彼等が行っていた封建政治である。歴史に対する何の反省もなく現代という時代の中でそんな政治をしている彼等を何故批判せぬ。かかる態度を彼等が改めねば、我が国のみらず、中国自身も世界の信頼を失うことになる。米国の識者の中には既に、中国の歴史認識が最も世界の秩序を破壊するものだと発言する者が出てきたではないか。そんなことは米国の識者に教えられずとも中国韓国の隣人として生きている我ら日本人が見えなくてどうする。経済人もまたそれが見えていないのである。そんなことでは我が国の経済を支えることなど出来はしない。政治家を政治を批判する資格はない。

政治家たちがなすべき事は、中国韓国に対して、国際国家として当然なすべき事、なしてはならないことを明確に守らせることである。現代世界に生きる国家として世界の常識を守らせることが、我が国と中韓とアジアの安定と発展につながる。そのことを厳しく自覚させることが必要である。そうでなければ中韓の旧い政治と新しい経済技術とが結びつき、中国の覇権を許し、我が国を含めアジア諸国は中国の目を見てしか生きて行けない時代に突入してしまう。民主主義を基本とする現代世界にその様な封建主義時代を許して良いはずがない。

経済人もまた同じである。現代世界に生きる一人としての自覚がない行動は決して許されるものではない。逆に中韓の姿勢を是正することが新のアジア経済興隆の道である。そのことを忘れた安易な批判は、自らの首を絞めることになる。

読売新聞の渡辺恒雄会長は今年の正月こう言っている。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=71402&servcode=200§code=200
 対談で会長は「私は靖国神社近くに住んでいるが、これまで1度も参拝したことがない」とし「軍国主義を礼賛する展示品を列べた博物館(遊就館)を靖国が経営しているのに、そんな所に首相が参拝するのはおかしい」と述べた。若宮主幹が「首相の靖国参拝は『A級戦犯は濡れ衣を着せられたのではないか』という考えを持った人々に喜ばれている」と指摘すると、渡辺会長は「侵略された国家の主張を認める前に、日本人自ら罪があることを認めなければ相手国家が納得するわけがない」と強調した。韓中の圧力に押されて参拝をやめるのではなく、日本人自らが反省することが必要だというのだ。
彼はまた「国家次元で国会に『歴史検証委員会』のようなものを作り(戦犯たちの)責任を確かに検証した後「われわれはこう思う」と明らかにすべきだ。その後で、中国と韓国にどのような被害を及ぼしたのかを論じなければならない」と述べた。
−中略− 会長は小泉首相の「日米同盟優先論」も低く評価した。「日米同盟が良ければ良いほど中国や韓国などと良い関係を結ぶことができる」という小泉首相の発言について「短見で愚かな意見だ。首相に『靖国問題のため中国、韓国を敵にするのはやめてほしい』と言いたい」と強調した。

哀れという他ない。マスコミ人とはこんな程度の歴史認識であるのか。こんな程度の国家観、人間社会観しか持ち得ないのか。それならば国家を論じるのは止めてもらいたい。日本国民総懺悔論の復活である。当時の日本は侵略主義や帝国主義に支配され悪逆非道な侵略行為を中国朝鮮に行ったと言っているが、渡辺という人間はまともな人間なのか。精神的に異常ではないのか。靖国に一度も参拝したことがないと自慢げに語るなど、到底まともな人間の出来ることではない。

一つだけ論いたい。現代世界の中で生きるには、善きにつけ悪しきにつけ近代国家の形成が不可欠である。この場合の近代国家とは、彼我の歴史認識の違いを越えて、世界という認識の上に立って客観的に自国の存在を認識した行動をとることである。他を見ず、世界を見ず、自分一国の都合しか認識出来なかったが為にアジアは白人の蹂躙に立ち向かうことができなかった。清国も朝鮮国もそうであった。その近代国家の認識が出来たのは唯一我が国のみである。故に我が国が彼等の上に立った。そうでなければアジアの独立は誰にも守れなかったからである。だが、中韓はそうではなかった。自国あって他国在るを知らず、我が国を侮ることを知って、我が国に学ぶこと在るを知らなかった。今も同じである。歴史観の違いをもって彼等は日本の首相の行動を非難しているが、そのやり方は、百数十年前にそうであったように、今も封建時代の政治体質から一歩も抜け出していない。かつて日本と朝鮮、日本と中国が手を結べず、争わざるを得なかった原因はどこにあるか。我が国が帝国主義だからであったからか。そうではない。中国や朝鮮が近代国家への脱皮が出来ず、迫り来た西洋の毒牙に蹂躙されているにも拘わらず、それを認識することなく、国民の塗炭の苦しみを放置するような政治がそうさせたのである。彼等中韓ははこの歴史を認識して、再び同じ過ちを犯してはならない。日本はそのことをー認識させるべきである。過去を反省するとはそういうことだ。自分しか見ていない歴史の反省ではなく、世界史の大流の中で自国の歴史を認識する。これが近代国家形成に必要な歴史認識である。それが中韓にできないのであれば我が国は彼等と共に歩む訳にはいかぬ。常に一歩離れて、これ以上深入りしてはならないという線を定め、いつでも手を引けるように準備しておかねばならない。

我が国の政治家たちの過ちは、中韓を正すことなく、彼等の言うことをご無理ごもっとも受け入れてきたことにある。それが今、中国と韓国、北朝鮮を過たせている原因の一つである。経済人も同じ過ちを繰り返している。ユニクロの柳井会長、日本経済新聞、読売新聞会長渡辺恒雄、皆同じである。中国・韓国・北朝鮮をして近代国家の常識を守らせて、今の政治を転換させない限り、いつでも経済は彼等の恣意的政治に左右されることになる。そうである以上、経済人はいつでも中国から撤退する、或いは撤退させられる場合のことを想定して判断を下しておくべきだ。それは中国付き合うものの鉄則である。ユニクロの柳井会長のように、どっぷりと中国に浸かって、自分たちが危うくなると政治を批判するなど思い上がりも甚だしいし、経済人としての判断も誤っている。公をもって私を論じ、私をもって公を論じず。古今を貫く心構えである。政治家も経済人も公とは何か、よくよく考えてもらいたい。
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